大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和51年(行ケ)102号 判決

一 請求原因一ないし三の事実は当事者間に争いがない。

二 そこで、原告の主張する本件審決の取消事由の存否について検討する。

1 本願発明の技術的内容

原告は、本願発明は、シヤツタボタンを押してから実際の露光が始まるまでの時間のずれによる誤差(誤差Δt´)及び予め設定された適正露出時間終了信号と第二シヤツタ部材の移動開始との間の時間的ずれによる誤差(誤差Δt)を実質的に解消することを目的とするものであると主張し、被告は、本願発明は、右のΔt´とΔtとを等しくなるようにして相補わせることにより、正確な露出時間の制御を可能にすることを目的とするものであると主張する。

(Δt´について)

成立に争いのない甲第二号証(本願発明の明細書)と同第六号証(その手続補正書)と当事者間に争いのない補正後の本願発明の要旨とによれば、本願発明は、「上記回路(電子トリガ回路)の制御スイツチ(326、S2)を、上記シヤツタ部材の第一のもの(342、404)のレリーズ(スイツチ314の開によるソレノイド310の消磁に伴うシヤツタブレード342の解放、すなわち、レバー416のラツチ420とピン422との係合の離脱による第一シヤツタ部材404の解放)とほとんど同時に作動させ、もつて、上記期間(露出時間)の開始を、上記シヤツタ部材の第一のもの(342、404)の最初の動きと同期させる」ことを要件((g))としていることが認められる。

そうすれば、本願発明が被告のいうように、Δt´とΔtとを等しくなるようにするものであるとすれば、第一シヤツタ部材の移動開始とその移動に基づく露光開始との間に比較的長い時間間隔(Δt´)があつて、露出時間が短い場合には、露出不能あるいは露出不足を生ずることになる。(例えば、本願発明の明細書の第一図、第二図についてみると、第一シヤツタ部材342が移動を開始してからそれが露出窓346の光路外方向に移動して露出窓346を開放し始めるまでの時間(Δt´)は比較的長い時間、例えば2ms(ミリ秒)とすれば、スイツチ314の開の後1μs(マイクロ秒)程度でスイツチ326が開くので(前掲甲第二号証第三三頁一〇行)、露出時間を短い時間、例えば1msとした場合には、第一シヤツタ部材342が露出窓346を開放し始める前に、第二シヤツタ部材344が露出窓346を閉じ始めることとなり、これでは実際に露出を行うことができなくなる。)しかしながら、本願発明は、必要な時には極度に速いシヤツタ作用を提供することをも企図したものであつて(前掲甲第二号証第四頁一五、一六行)、右のように露出不能や露出不足を生ずるようなものを含むとは到底考えられず、他方、右Δt´を完全になくしてしまうことができないことは技術上の常識である以上、前記要件の「露出時間の開始をシヤツタ部材の第一のものの最初の動きと同期させる」というのは、Δt´をできるだけ微小にすることを当然の要件としているものと解せられる。

(Δtについて)

本願発明の特許請求の範囲及び明細書の発明の詳細な説明中に前記Δtを実質上無視しうるようにするとの具体的な記載が存しないことは被告主張のとおりである。

しかしながら、本願発明が、「付勢されたときには、上記第一シヤツタ部材がレリーズされても、上記第二シヤツタ部材をその始動位置に保持し、かつ、除勢されたときには、上記第二シヤツタ部材がその始動位置を離れてその停止位置の方へ運動するようにする電磁石を具備し(要件(h))、上記回路(電子トリガ回路)のトリガに応答して上記第二シヤツタ部材をレリーズするように上記電磁石を除勢し、もつて、上記露出時間が上記回路の作動とトリガとの間の上記期間(要件(e)の期間)と同期し、かつ、設定されるようになつた装置(要件(i))」を具備するものであることは当事者間に争いのないところであり、前掲甲第二号証によれば、本願発明の明細書には、「本発明は必要な時には極度に速いシヤツタ作用を提供する」(第四頁一五、一六行)「ソレノイド312の磁場が減衰する時には、ソレノイドはもはやバネ340の偏倚に抗して揺れ軸要素336をその通常の位置に保持することはできなくなり、かつ、バネ340はブレード344を露出窓を遮蔽する位置へ廻動させて急速に露出を終了させる。」(第三六頁三行~八行)「……ソレノイド434の賦勢が解かれる。このことが起ると、シヤツタブレード406は解放され、かつ、そのバネによつて露出を終了させるために移動される。二個のトランジスターは通常のトリガ回路として作動し、かつ、光電池460の抵抗の大きさとコンデンサ468の容量とによつて決定されるような適正な露出時間に従つて露出を終了させることが要求される時に瞬間的な切換えを提供する。」(第四四頁九行~一七行)

との記載があることが認められるところ、これらの記載と当事者間に争いのない前記要件とによれば、本願発明に「上記露出時間が上記回路の作動とトリガとの間の上記期間と同期する」というのは、第二シヤツタ部材が除勢式電磁石で保持されていて、電子トリガに応答して右電磁石が除勢されることにより、上記露出時間が、トリガ回路におけるトリガ動作の開始(326、S2の開)からトリガ動作の終了(312、434の除勢)までの期間に同期する、すなわち、露出時間がトリガ動作の開始と時を同じくして始まり、トリガ動作の終了と時を同じくして終る(つまり、露出時間はそのタイミングにおいて、したがつてまた、その間の時間の長さにおいても、トリガ動作の開始と終了とに一致する。)ことを意味するものと解するのが相当である。ここに、トリガ動作の終了とは適正露出時間終了信号の生ずる時であり、露出時間が終るとは第二シヤツタ部材が移動を開始する時であるから、この両者が一致するとは、前記Δtをなくすることにほかならない。したがつて、本願発明は、Δtをなくする(実質的に解消する)ことを目的とするもので、そのための手段として瞬間的な切換えを行うことのできる除勢式電磁石の構成(要件(h))を採用しているものと認められる。

この点について、被告は、本願発明はΔt´とΔtとがほぼ等量であることが重要であり、Δtを余りに小さくすることはむしろ望ましくないというが、その主張は前示明細書の記載(甲第二号証第四頁一五、一六行、第三六頁三行~八行、第四四頁九行~一七行)に徴して採用し難い。

また、被告は、「同期」とは本願発明においては、機械的シヤツタの露出時間と電気的露出時間との時間間隔が一致することを意味するに過ぎないというが、前示のように、本願発明は、電磁石の除勢により第二シヤツタ部材を解放する構成(要件(h))を採用することにより、トリガ回路のトリガ動作の開始からその終了までの期間(要件(e)による露出すべき期間)と実際の露出時間とが一致し、かつ設定されるようになつた装置(要件(i))であつて、右の構成からすれば、トリガ回路のトリガと第二シヤツタ部材の移動開始との間の時間的ずれ(Δt)を実質的に解消するという意味での同期、すなわち、右両時間が、時間間隔の長さにおいてもそのタイミングにおいても一致するようにしたものと認められるので、被告の右主張は当らない。

なお、前掲甲第二号証には、「第三図のシヤツタ装置においてブレードは解放の後に2ミリ秒の時間内は静止しているように設計されている。」(第四七頁四行~六行)との記載があるが、ここに「解放」とあるのは、ブレード以外のものの解放、具体的に言えば、シヤツタ解放釦426の解放(殊にその押し始め)を意味するものと解せられるので、右の判断を妨げるものではない。

さらにまた、同号証の第一、第二図には、第二シヤツタ部材344を始動位置に保持する電磁石312に、シヤツタレリーズ前(駆動要素350の操作前)に電流が流れているように図示されているが、この点は、同号証の第三、第四図のものにおいても、スイツチS1の閉で第二シヤツタ部材406の保持用磁石434に電流が流れるので変りはなく、駆動要素350の操作によりはずみ車354が反時計方向に回動し、スイツチ314、次いで同326が順次開かれ、スイツチ326が開かれた際トランジスタ308は同306と共に導通しているから、電磁石312にも引続き電流が流れており、所定時間後のトリガ動作の終了によつてその電流が遮断され、第二シヤツタ部材344を開放するものであるから(前掲甲第二号証三〇頁一五行~第三一頁一八行、第三四頁一五行~第三五頁三行、第三五頁四行~第三六頁八行)、これをもつて、本願発明が除勢式電磁石により第二シヤツタ部材を解放するものであるという既述の認定を左右しうるものではない。

2 引用例及び第一、第二公知例の技術的内容

(引用例)

引用例のものが本願発明の要件(e)、(h)の構成を具備していないことは当事者間に争いがない。

被告は、本願発明の要件(g)について、これが引用例に示されている(すなわち、本願発明のスイツチS2は引用例のスイツチ14に相当する。)というが、成立に争いのない甲第一二号証(引用例)によれば、「露出が始まるその一瞬間前に円板19の他の突起32が短絡スイツチ14を閉じて通り過ぎる故に第二図の電気回路が調整せられる、すなわち、第一球陽極電位が低下し、これが第二球制御格子を負に充電する(この動作は露出開始時の電気回路状態を常に同じ状態に置くために重要である。)。」と記載されていることが認められ、これによれば、引用例のスイツチ14は、電気回路の露出開始時における状態を調えるために、露出開始直前の瞬時のみ閉成するもの、すなわち、スイツチ18を閉じれば電気回路が作動状態になるのであるが、それだけでは必要な精度が確保できないので、その欠点を除去するための精度補償スイツチと認められ、このスイツチの作動後にトリガ回路の遅延期間起算が開始されるとしても、同スイツチの閉により直ちに遅延期間の起算を開始するものではないから、被告のこの主張は当らない。

したがつて、本願発明と引用例のものを比較すると、審決が認定しているように、本願発明は、要件(e)、(g)、(h)の各構成を具備することにより、電子トリガ回路の遅延開始が第一シヤツタ部材の最初の動きと同期し、トリガ動作終了の際の第二シヤツタ部材の作動が電磁石の除勢によつて行われる点において、引用例のものと相違することになる。

(第一公知例)

被告は、第一公知例には、一般に電磁石の作動はある一定の時間遅れを生ずるから、それに相当する時間だけスイツチの作動時期を早めておけばよいと記載されているので、この公知事項によれば、時間遅れの誤差を補正することは当業者にとつて当然考慮しなければならない事項であり、第一公知例の右の記載は、特に付勢式の電磁石の作動遅れを補正することに限つているものではないという。

成立に争いのない甲第一三号証(第一公知例)によれば、第一公知例には、「一般に電磁石の作動はある一定の時間遅れを生ずるから、それに相当する時間だけ、スプリング8と接点10の接触する時期をシヤツタが全開する時期より早めておけば、何ら誤差を生ずることはない。」との記載があることが認められ、ここでは「電磁石」と記載されているのみで、これを特に「付勢式電磁石」とは限定していない。

しかしながら、他方、同号証(第一公知例)の他の部分には、「リレー放電管が放電すると、コンデンサC4に充電されているエネルギーが電磁石5に流れるから、可動鉄片4はスプリング3に抗して引寄せられ、」(第一頁右欄七行~九行)と記載されていることが認められるのであり、これによれば、第一公知例のものは、前記のように「電磁石」の文言の用いられている箇所があるとはいえ、リレー放電管(R.T.)の放電により電磁石5に電流を流すことにより可動鉄片4をスプリング3に抗して吸引するもの、すなわち、付勢式電磁石についてその作動遅れを補正するものであることが明らかであるから、被告の右主張は当らない。

以上のように、第一公知例は、付勢式電磁石についてその作動遅れを補正する技術内容を開示しているものであり(このことは、付勢式電磁石においては作動遅れによる誤差が無視できない程度のものであり、そのためにそれを補正する必要のあることを示しているということもできる。)、本願発明の、除勢式電磁石を採用することによつて電磁石の作動遅れの誤差を解決するという技術的思想(要件(h))は、この第一公知例においても示されていない。

(第二公知例)

成立に争いのない甲第一四号証(第二公知例)によれば、第二公知例には、「本発明のも一つの特徴によれば、有利にシヤツタのすべての時間遅延系に同形式の保持磁石を適用する。これによつて、簡単に、なお存在するこの系本来の遅れ時間(約3~4ms)が除かれるので、これによつて、正確度の高い制御系が得られる。」(第六頁左欄末行から三行~右欄二行)との記載があることが認められるので、この公知例が電磁石の作動遅れによる誤差を解決するために磁石の磁力を除勢するという技術的思想を開示していることは明らかである。

しかしながら、同号証には、「保持磁石はこれを囲むコイルを有する永久磁石であり、このコイルに電気的制止機構から、接触18の作動から所望の時間間隔で電流が供給されて永久磁石の磁場が弱くなるので、接極子が落下し、それと共に羽根リングの運動が解除される。」(第一頁右欄二九行~三三行)と記載されているのであつて、これによれば、第二公知例のものは、磁石の磁力を除勢するとはいつても、永久磁石を用いてシヤツタ部材を吸着保持しておいたものを、その磁石を囲むコイルに電流を流すことによつて永久磁石の磁力を打消すものであることが明らかであるから、電磁石のコイルに、電流を流すことによつて付勢するか、電流を遮断することによつて除勢するかの観点からすれば、これはまさしく付勢式のものにほかならない。

そして、この第二公知例のものにおいて、永久磁石を囲むコイルに電流を流し始めてから、永久磁石がシヤツタ部材を吸着保持し続けるのに耐えない程にするまでにはそれ相当の時間を要することは明らかであり、その場合の時間的な遅れを、本願発明のように電流を遮断することそれ自体によつて電磁石を除勢する除勢式電磁石のものに比較すれば、第二公知例の付勢式のものの方が大きいことは明らかであつて、その度合は、さまざまなカメラのシヤツタスピードのうち最短のものを想定する場合に、無視できる程小さいものとは考えられない。

かくして、本願発明の、除勢式電磁石を採用することによつて電磁石の作動遅れの誤差を解決するという技術的思想(要件(h))はこの第二公知例においても示されていないというほかはない。

3 本願発明の進歩性

以上のように、本願発明と引用例のものとを比較すると、引用例のものは本願発明の要件(e)、(g)、(h)の構成を具備していない点において、両者は差異があり、しかも、そのうち少なくとも要件(h)の構成については第一及び第二公知例のいずれにも開示されず、本願発明は、右要件(h)の構成を具備することによつて、予め設定された適正露出時間終了信号と第二シヤツタ部材の移動開始との間の時間的ずれによる誤差(Δt)を実質的に解消するという特段の効果を奏するものであるから、本願発明が引用例及び第一、第二公知例から容易に発明をすることができたものであるとした本件審決の判断は、原告のその余の主張を判断するまでもなく、誤りというべきである。

4 そうすれば、本件審決は、右の誤つた判断に基づいて昭和四三年二月三日付の原告の手続補正を却下すべきものとした上、右補正前の発明について審理判断をしているのであるから、違法であり、取消を免れない。

三 よつて、原告の本訴請求は理由があるのでこれを認容する。

〔編註〕 本願発明の要旨は左のとおりである。

1 補正前のもの(出願公告に係る特許公報に記載のもの)

始動の位置から停止位置へ向つて運動しうる第一の要素の運動開始と同じく始動位置から停止位置に向つて運動しうる第二の要素の運動の終末との間の時間で露出パラメータが変化するように構成されたこれら二個の要素と、前記始動位置に各要素を開放可能に保持するための装置と、前記第一要素がその始動位置から離れて終末位置の方へ移動するように手動操作しうる装置と、前記手動的に操作しうる装置の作動に応答して駆動される電子トリガ回路とを含み、このトリガ回路は、前記シーンからの光の強度の変化に従つて関数的に変化する電気的性質を有する前記シーンからの光を受けるように配列された光電装置とを備え、この光電装置は、トリガ回路の駆動の後にトリガの際の遅延が前記電気的性質の値に関数的に関係づけられ、したがつて、前記光の強度に関数的に関係づけられるようにトリガ回路内に配列され、かつ、前記回路のトリガに応答して前記その他の要素の運動をおこなうための装置を有し、前記時間が前記回路のトリガの際の遅延によつて制御される写真機の自動露出制御装置。

2 補正後のもの

(a) 被写体からの光の強度に従つて露出時間を設定するようにされた写真用自動露出制御装置にして、(b) 始動位置から停止位置へ運動するように装架された、続けてレリーズできる少なくとも二つのシヤツタ部材であつて、第一の部材はレリーズされたとき露出孔を開き、第二の部材はレリーズされたとき露出孔を閉じる部材と、(c) 上記始動位置に上記シヤツタ部材を開放可能に保持する装置と、(d) 上記シヤツタ部材の第一のものがその始動位置から離れてその停止位置の方へ運動するように選択的に操作しうるレリーズ装置と、(e) 電子トリガ回路であつて、この回路の中の制御スイツチの作動と共に始まり上記回路のトリガで終る期間を設定するようにされたトリガ回路と、(f) 上記被写体からの光を受けるように配列され、上記の光の強さの変化に従つて変化する電気的性質の値、したがつて、上記被写体からの光の強さと関数関係にあるように配設された光電装置と、(g) 上記回路の制御スイツチを上記シヤツタ部材の第一のもののレリーズとほとんど同時に作動させ、もつて、上記期間の開始を上記シヤツタ部材の第一のものの最初の動きと同期させる装置と、(h) 付勢されたときには、上記第一シヤツタ部材がレリーズされても上記第二シヤツタ部材をその始動位置に保持し、かつ、除勢されたときには、上記第二シヤツタ部材がその始動位置を離れてその停止位置の方へ運動するようにする電磁石と、(i) 上記回路のトリガに応答して上記第二シヤツタ部材をレリーズするように上記電磁石を除勢し、もつて、上記露出時間が上記回路の作動とトリガとの間の上記期間と同期し、かつ、設定されるようになつた装置と、を組合せてなる自動露出制御装置。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!